動物細胞の細胞表面や細胞外マトリクスという領域には,プロテオグリカンと呼ばれる物質が存在しています(高等動物に限らず,線虫や軟体動物から昆虫に至るまで)。このプロテオグリカンは,グリコサミノグリカンという糖鎖とタンパク質からなる物質で,さまざまな生理機能の調節に役立っていることが最近になって分かってきました。健康食品などでよく耳にするヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸も,グリコサミノグリカンの一種です。

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上図は,グリコサミノグリカンの一種のヘパラン硫酸・ヘパリンの生理機能の一部をまとめたものです。この図にあるように,グリコサミノグリカンは,ウロン酸とアミノ糖を単位とする二糖の繰り返しによって作られています。カルボキシ基や硫酸基のはたらきにより,強く負に帯電していることが特徴の物質です。これまでは,動物の粘性分泌液(mucus)から得られた多糖の総称であるムコ多糖と呼ばれ,とくに重要なはたらきがあるとは考えられていませんでした。しかし,いくつものタンパク質が,グリコサミノグリカンの一種であるヘパラン硫酸の硫酸化パターンを認識して,それぞれのもつ生理機能の調節をおこなっていることが明らかとなるにつれ,細胞表面でのグリコサミノグリカンの役割の解明に,世界中の研究者が取り組むようになってきました。
 私たちは,食成分の機能と細胞表面のグリコサミノグリカンの構造(硫酸化パターン)との間に,相互関係が成立するのではないかと考えています。
 ヒトにおける「食成分の摂取」を「生体の内面に起こる環境変化」と捉えた場合,異なった文化風習の結果もたらされる食習慣の違いは,同じ民族のように静的な環境(生体構造)が似ていればいるほど,その動的な環境変化の振幅の大きさの違いによる生体への負担の度合いに大きな差が出てくると考えられます。そして,食習慣によってもたらされる長い年月に亘る生体への負担を軽減するために,生体は局所空間内での応答に加えて,中枢神経系からの制御によって個体としてのバランスを保とうとするのではないかと考えています。
 しかし,中枢神経系からの制御のような長期間に亘って形成される情報伝達経路は,食成分による直接的な刺激が原因であるとは考えられません。そこで私たちは,特定の食成分の摂取によってもたらされた消化器官系の環境変化が,漸次安定的に伝達する機構によって,中枢神経系へと伝えられているのではないかという仮説を提唱しています。このような経路の存在を証明するためには,まず,情報を即時一過性に伝達せずに漸次安定的に伝達する機構の存在を解明する必要があります。
 そこでわたしたちは,細胞表面に存在するグリコサミノグリカンに注目しました。なかでもヘパラン硫酸糖鎖は,情報伝達物質が分配される際の足場となり,比較的安定に細胞表面に一定期間存在すると考えられていますから,情報を漸次安定的に伝達する際の環境形成には欠かせない物質なのではないかと考えています。
 具体的には,消化器官系あるいは中枢神経系細胞表面のヘパラン硫酸糖鎖の硫酸化パターンが,異なる食成分の作用によって変化することとその機序を解明することを目標としています。この構造変化に伴って分布が変化するタンパク質は,すなわちこの経路の情報伝達物質ということになりますので,その同定はとても大きな意味をもつことになります。
 こうした研究を進めるにあたって,私たちはまず始めに,ヘパラン硫酸糖鎖の硫酸化パターンを識別する新たな手法の開発を試みました。具体的には,硫酸化構造の変化を可視化するための,分子プローブの作成です。
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上図に示すように,まずヘパリン(ブタ小腸粘膜由来)をアンチトロンビン(AT-III)固定化アフィニティークロマトグラフィーに供し,得られたAT-III結合ヘパリンをビオチン化して,探索する分子プローブの標的としました。
AT-III結合ヘパリンを標的とする分子プローブ(ペプチド)のスクリーニングには,ファージディスプレイ法を用いました。
phage 右図に示すように,マウス脳由来cDNAライブラリーを導入したファージを使用し,外殻蛋白質に提示されたペプチドとAT-III結合ヘパリンとの相互作用が強いものを探していきました(パニングと呼ばれる操作)。
 右図では,M13ファージを用いて行った実験の様子を示していますが,私たちの研究室では,T7ファージを用いた複数蛋白質の提示によるパニングも行っています。
happy最終的に,左図に示すように,AT-III結合ヘパリンに特異的な相互作用を示すペプチドが一つ得られました。
 しかもこのペプチドは,天然には存在しない配列(12残基)をもつことがわかり,私たちは「HappY」と命名しました(本来のマウス脳由来の遺伝子配列が逆向きに挿入されたものが発現したものでした)。
 このペプチドの結合特異性を調べた結果,同じ硫酸化糖鎖であるコンドロイチン硫酸やケラタン硫酸には結合せず,AT-III結合ヘパリンにのみ特異的に結合することがわかりました。
thrombinまた,AT-III結合ヘパリンと相互作用することから,HappYペプチドがアンチトロンビンの中和活性を有していることが予想されたため,トロンビンのプロテアーゼ活性を指標として調べた結果,右図に示すように,予想通りアンチトロンビンの中和活性能を有することがわかりました。
さらには,神経突起伸長作用に関与するFGF2(線維芽細胞成長因子)がヘパラン硫酸糖鎖を介して受容体に結合し機能することが知られていることから,神経細胞モデルとして知られるPC-12細胞を用いて,神経突起伸長作用を調べました。
pc12 その結果,左図に示すように,予想通りHappYペプチドがFGF2の神経突起伸長作用を有意に阻害することがわかりました。
 これらの結果は,HappYペプチドがヘパラン硫酸糖鎖と相互作用することで生理機能を調節する作用を有する分子であることを示唆していると考えられます。
 現在は,HappYペプチドと糖鎖との相互作用を可視化するための新たな手法の開発に取り組んでいます。

 

【参考文献】
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